しんくろの勉強置き場

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ニコチン受容体の分子生理

  薬理学研究のための基礎知識として,おそらく最も研究が進んでいるイオンチャネル神経伝達物質受容体であるニコチン性アセチルコリン受容体(ニコチン受容体)の基礎をまとめた。

 

  1. はじめに-ニコチン受容体の知識の重要性

 アセチルコリン受容体AChRはムスカリン性mAChRとニコチン性nAChRに分かれる。そのなかでもニコチン受容体は,神経筋接合部をはじめとして全身の神経と骨格筋に幅広く分布する受容体であり,分子生物学,こと神経分子生物学にとっては極めて重要だ。ニコチン受容体は神経筋接合部NMJにあるため,また最初に発見された時代にはシビレエイTorpedoの発電器官という格別有利な研究サンプルがあったため,かつて最もその分子機能が研究されたイオンチャネル型の神経伝達物質受容体なのである。

 残念ながらニコチン受容体は,医学部では比較的忘れられやすい存在である。最初のうち,だいたい生理学までは有名な受容体として重宝されるのだが,薬理・病理と名前を聞かなくなってきて,臨床医学に至るとほとんど見かけなくなる。これは一つには①あまりにも重要なために関連する疾患が重症筋無力症MGとニコチン中毒ぐらいしかないこと,加えて②ニコチン受容体の機能促進にはニコチン受容体作動薬ではなくアセチルコリンエステラーゼ阻害薬AChE inhibitorsがメインで使われていることなどが理由なのだろう。ただ,これから様々な受容体を研究する上で,古典であるニコチン受容体研究の軌跡を知っておくと役に立つだろう。何しろ,GABAA受容体やグリシン受容体はニコチン受容体と形がほぼ同じだし,中枢神経系でより役に立っている他のチャネル型受容体も,形こそ違えど基本的な研究手段は似通ってくる。

 今週,Bredt, DSという著名な神経科学者が,Science誌にニコチン受容体研究の最前線に関するreviewを掲載した。この記事自身はニコチン受容体そのものというよりその機能発現に影響する分子を扱うものであり,あまりに専門的なので触れないが,ニコチン受容体の性質を復習する良い機会だと思ったので,教科書的な事項をまとめることにする。

 

関連文献:

Matta JA, Gu S, Davini WB, Bredt DS. Nicotinic acetylcholine receptor redux: Discovery of accessories opens therapeutic vistas. Science. 2021 Aug 13;373(6556):eabg6539. doi: 10.1126/science.abg6539. PMID: 34385370.

よいレビューかと思いきや,知識が分子生物学に偏っており,薬理学的な進展もまだ青写真といった調子で若干期待外れであった。とはいえ,様々な受容体がこれのアナロジーとして研究できるから, そういう研究に興味がわいたら一度目を通してもいいかもしれない。

 

  1. 分子生理学的性質

2-a. 局在とそのサブユニットのアイソフォーム

 ニコチン受容体は神経筋接合部のほか,自律神経系の節前繊維-節後線維間ニューロンと中枢神経に分布している。そして,そのサブタイプは発現する組織によって異なり,筋に発現する分子(骨格筋型)と神経に発現する分子(神経型)の2つに大別される。なお,いずれも5量体を形成しているが,筋ではα1サブユニットが2つ,β1サブユニットが2つ,γまたはεサブユニットが1つ,そしてδサブユニットが1つのα2βεδ ヘテロマー(ただし胎児ではα2βγδ体)をとり,これが最もよく研究されている。一方で,神経型はそもそも進化的に異なるサブユニットを使用しており,αサブユニット(α1は除く)を5つ使ったホモマー,またはαサブユニット(α1は除く)とβサブユニット(β1は除く)からなるヘテロマーが主流だが,多様性に富む。ちなみに,正確にはCNSと自律神経節でもサブタイプは異なり,よく電気生理学で出てくるα7ホモマーはCNS分子である。このように,一括りにされている受容体がサブユニットの構成によって異なるサブタイプに分かれることはよくあり,それぞれ異なる生理学的性質を示しうることに注意が必要である。

 ちなみに,Bredtらの記事によれば,骨格筋型に比べて神経型が長らく研究されてこなかった一因には,神経型の分子を人工的に他の細胞に発現させるのが難しかったことがある。これはこのタイプの分子が膜発現のためにNACHOを代表とする他の分子を必要とするためであることが最近わかったという。このような現象は,AMPA受容体のTARPs(stargazinなど)をはじめとしてどの受容体でも十分にあり得る未開拓の領域であり,今後さらなる発展が期待される。

2-b 分子の構造と基本性質

 ニコチン受容体の各サブユニットは特徴的な形の4回膜貫通型タンパクである。GPCRや,4量体型のイオンチャネル型受容体のサブユニットとは膜貫通領域の形が大きく異なるので注意したい。

 基本的にこれらの分子は全て,N末端側から長い細胞外ドメインがあり,続いてM1, M2, M3, M44つの疎水性膜貫通ドメインがあって,細胞外にC末端が突き出る形になっている。このうち,αサブユニットのN末端側の細胞外ドメインAChをバインドする領域がある。αサブユニットの場合,システインループCys-loopとよばれるS-S結合で短い領域を繋いだ特徴的な構造が細胞外ドメインの基部に存在し,リガンド結合ドメインの構造変化とチャネル部分の構造が連動するようにしていると言われている。

一方でイオンチャネル開口部(pore)は主にそれぞれの分子のM2ドメインにより作られている。M2ドメインがチャネル内の間隙に並べるアミノ酸は高度に保存されている。特に,最も外側と最も内側には必ず酸性アミノ酸を含む親水性アミノ酸が並んでおり,カチオンのみを選択して通すようになっている。

 薬力学的な解析から,骨格筋型ニコチン受容体は2価であることが知られている。これはαサブユニットの数に呼応しているという。具体的には,αサブユニットがあると隣のサブユニットとの間にリガンド結合部位を形成できる。

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ニコチン受容体モノマーの構造

2-c 電気生理

 ニコチン受容体はカチオンチャネルである。骨格筋型のニコチン受容体は主にNaKを通し,生理学的な反転電位はほぼ0mVである。したがって,興奮性の脱分極を起こし,電位依存性Naチャネルの存在下では十分な刺激により活動電位を起こしうる。コンダクタンスは40pS程度である。

 薬理学的には,先の通りニコチン受容体はアセチルコリンを2分子結合することで開口するため,R, AR, A2R,そして開口しているA2R*がそれぞれ隣と平衡状態にある。開口時間はサブユニットの種類に依存するが,だいたい数ms程度でexponentialに減衰する。更に,より長いスパン(数sオーダー,数百sオーダーの2種類)では脱感作が起きる。この脱感作状態は数百sと長い間続くため,高濃度のAchに数秒さらされると巨視的な応答としてはほとんど完全に脱感作してしまう。アセチルコリンシナプス前終末からの放出後にアセチルコリンエステラーゼAChEによってシナプス間隙から急速に失われるため,生理的には脱感作が関わってくることはほとんどない。なお,この脱感作状態はPKAシグナリングによるリン酸化が関わっていると言われている。

神経型のニコチン受容体はNaKと同等またはそれ以上に2価のカチオンであるCaをよく通す。このため,膜電位への影響以上に,細胞内へのCa流入を起こす機構として注目されている。たとえば中枢神経系でのニコチン受容体はほとんどがシナプス前終末に位置するので,活性化してCaを通すことにより,開口放出を促進する機能が想像されているという。

 

  1. ニコチン受容体の薬理学

3-a ニコチン受容体アゴニスト

 コリン作動薬類は-cholineまたは-cholという接尾語のつくものが大半である。ただし,ベタネコールのようにニコチン受容体ではなくムスカリン受容体に作動する分子が含まれることに注意する。ニコチン受容体アゴニストには色々あるが,臨床的に有名なのはスキサメトニウム(サクシニルコリン)だろう。これはいわばアセチルコリンコリンエステラーゼによる分解を受けないバージョンであって,終板の持続的な脱分極を起こすことにより筋弛緩を起こす代表的な筋弛緩薬である。ただ,添付文書によれば脱分極よりやや遅れて筋弛緩が得られるらしく,むしろ受容体の脱感作が関わってきているのかもしれないとは思う。

 もう一つ臨床的にもよく出てくる薬物(毒物?)はニコチンだ。ニコチン受容体というのだからもっと広く学ぶべきだと思うが,案外に薬効機序が教科書に載っていないのである。ニコチンは,腹側被蓋野VTAにあるニコチン受容体(α4β2ヘテロマー)を作動させることによりドパミンの放出量を増加させ,多幸感を生じる。もちろん他のニコチン受容体のほとんどにも作用するが,依存性やADHDとの関連などといった有名な臨床事実はほとんどここから解釈できるだろう。ところで,ニコチン受容体はGPCRと異なり,慢性的なニコチン曝露を受けると分子数がむしろ増えるらしい。この脱感作どころか感作されてしまう性質がニコチン依存に何らか関連するとすれば,新たな薬物標的としては確かに面白くなってくるかもしれない。

3-b 受容体アンタゴニスト

 これらはニコチンと同様に結合するが受容体の構造変化を起こさないアンタゴニストで在り,臨床的には(+)ツボクラリン(クラーレ)から派生したロクロニウム,ベクロニウム,パンクロニウムといった薬物である。これらはストレートな筋弛緩作用を有する。