しんくろの勉強置き場

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論文乱読ーコロナ患者への治療量ヘパリン投与

 最近,たいへん遺憾ながら,初期研修をやらず直接大学院に行くという選択肢をほとんど完全に除外した。なにせ医師としての資格を事実上放棄するのは代償が大きすぎる。隙あらば臨床医を増やさんとする憎き厚労省の思うツボである。しかし逆に,僕のような学生が医師の名札をぶら下げて働く2年間,患者さんたちはどう思うのだろうか……。まあ臨床力に自信はないが,それなりに学ぶこともあれば友達作りもできるとおもうので,それはそれで良しとしたい。

 ところで最近猛威を振るっているコロナウイルスSARS-CoV-2だが,生物学系の方なら周知のとおり,このウイルスは学術界でも猛威を振るっている。もう最近は総合学術誌がみんなコロナ関連論文を毎週掲載している有様で,ある意味我々もコロナ被害者だ。コロナ以外の生物学に与えられた余白が減っている気さえする。全くうんざりだ。しかしこのままだと,1年半後に東京の病院に就職したとして,やることといえば半分ぐらいはコロナ患者の対応なのではないか。

 というわけで,悟ったような感じで最近NEJMなんかの臨床医学雑誌まで目を通しているわけだが,今週号でコロナの治療がちょっと変わりそうな治験が出た。元来治験の論文にほとんど興味がない僕であるが,さすがにこれは近いうちに当たる可能性が高すぎる疾患ということで,上のお医者さんに嫌味なお言葉をいただかないよう少し勉強しておきたいものだ。

 さて,COVIDの病態は主にウイルス性の肺炎で,基本的には感染への応答で炎症が惹起され肺胞がメタメタになって(びまん性肺胞障害)呼吸不全,最悪だと急性呼吸窮迫症候群ARDSかサイトカイン過剰放出で感染性ショック,という流れらしい。一方で合併症としては色々噂されているが,とりあえず間違いないとされているのは血栓塞栓症で,実は入院患者の1-2%にのぼる。もちろんこれは深刻で,具体的な診断名でいえば脳梗塞心筋梗塞,DVT,肺血栓塞栓症とたいへん恐ろしいレパートリーだ。というわけで,ガイドライン上は,基本治療のレムデシビルに加え,中等症IIを超えるとステロイド等による免疫抑制とともにヘパリンが適応となる。そこで,ヘパリンは今のところ恐る恐る低用量で使ってきたのだが,積極的に血栓塞栓症を減らすため用量を増やすべきかで議論があったらしい。

 これに対して8月26日のNEJMが一石を投じた。曰く,重症患者への抗凝固療法の中用量のヘパリン投与を試してみたところ,重症患者への投与は無効どころか,有害である可能性が高いという。ただ,出血性合併症の割合がそこまで増えているわけではないため,彼らはARDSでの肺胞出血が拡大するのではないかと考察している。まあ理由は定かではないが,ともかく中等症の患者はしっかり予後が改善したことから,どうも時機を逸すると積極的に血栓症を抑えても効果がなくなるというのは間違いなさそうである。

https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2103417

https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2105911

 まあ,正直薬理学的な面白みは全然ないのだが,こういう治験は臨床的に重要ではあるので,逐一知識をアップデートしておくに越したことはない。重症患者の対応など責任が重すぎるので一生したくないが,データを見る限りは本当に有害な感じがするので恐ろしい。将来先生方がヘパリンをたくさん入れるのに口出しできるよう(もちろん面倒なのでしたくないが,これも患者のためだ),あるいは中等症を見るなら自信をもってたくさんヘパリンを入れられるよう,頭の片隅に留めておきたい。医者はたいへん面倒な仕事だ。