しんくろの勉強置き場

勉強したこと置き場です。世の中,知識は共有したほうが良いよね。勉強する気がなくなったら止まるかも。

論文乱読ーコロナ患者への治療量ヘパリン投与

 最近,たいへん遺憾ながら,初期研修をやらず直接大学院に行くという選択肢をほとんど完全に除外した。なにせ医師としての資格を事実上放棄するのは代償が大きすぎる。隙あらば臨床医を増やさんとする憎き厚労省の思うツボである。しかし逆に,僕のような学生が医師の名札をぶら下げて働く2年間,患者さんたちはどう思うのだろうか……。まあ臨床力に自信はないが,それなりに学ぶこともあれば友達作りもできるとおもうので,それはそれで良しとしたい。

 ところで最近猛威を振るっているコロナウイルスSARS-CoV-2だが,生物学系の方なら周知のとおり,このウイルスは学術界でも猛威を振るっている。もう最近は総合学術誌がみんなコロナ関連論文を毎週掲載している有様で,ある意味我々もコロナ被害者だ。コロナ以外の生物学に与えられた余白が減っている気さえする。全くうんざりだ。しかしこのままだと,1年半後に東京の病院に就職したとして,やることといえば半分ぐらいはコロナ患者の対応なのではないか。

 というわけで,悟ったような感じで最近NEJMなんかの臨床医学雑誌まで目を通しているわけだが,今週号でコロナの治療がちょっと変わりそうな治験が出た。元来治験の論文にほとんど興味がない僕であるが,さすがにこれは近いうちに当たる可能性が高すぎる疾患ということで,上のお医者さんに嫌味なお言葉をいただかないよう少し勉強しておきたいものだ。

 さて,COVIDの病態は主にウイルス性の肺炎で,基本的には感染への応答で炎症が惹起され肺胞がメタメタになって(びまん性肺胞障害)呼吸不全,最悪だと急性呼吸窮迫症候群ARDSかサイトカイン過剰放出で感染性ショック,という流れらしい。一方で合併症としては色々噂されているが,とりあえず間違いないとされているのは血栓塞栓症で,実は入院患者の1-2%にのぼる。もちろんこれは深刻で,具体的な診断名でいえば脳梗塞心筋梗塞,DVT,肺血栓塞栓症とたいへん恐ろしいレパートリーだ。というわけで,ガイドライン上は,基本治療のレムデシビルに加え,中等症IIを超えるとステロイド等による免疫抑制とともにヘパリンが適応となる。そこで,ヘパリンは今のところ恐る恐る低用量で使ってきたのだが,積極的に血栓塞栓症を減らすため用量を増やすべきかで議論があったらしい。

 これに対して8月26日のNEJMが一石を投じた。曰く,重症患者への抗凝固療法の中用量のヘパリン投与を試してみたところ,重症患者への投与は無効どころか,有害である可能性が高いという。ただ,出血性合併症の割合がそこまで増えているわけではないため,彼らはARDSでの肺胞出血が拡大するのではないかと考察している。まあ理由は定かではないが,ともかく中等症の患者はしっかり予後が改善したことから,どうも時機を逸すると積極的に血栓症を抑えても効果がなくなるというのは間違いなさそうである。

https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2103417

https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2105911

 まあ,正直薬理学的な面白みは全然ないのだが,こういう治験は臨床的に重要ではあるので,逐一知識をアップデートしておくに越したことはない。重症患者の対応など責任が重すぎるので一生したくないが,データを見る限りは本当に有害な感じがするので恐ろしい。将来先生方がヘパリンをたくさん入れるのに口出しできるよう(もちろん面倒なのでしたくないが,これも患者のためだ),あるいは中等症を見るなら自信をもってたくさんヘパリンを入れられるよう,頭の片隅に留めておきたい。医者はたいへん面倒な仕事だ。

神経内科学疾患メモ置き場

 神経筋結合部疾患

重症筋無力症(MG)

概要:日内変動のある全身の筋力低下と易疲労感を特徴とする,現在でも予後が比較的不良な神経筋結合部疾患である。ステロイドと免疫抑制薬により治療する。

疫学:我が国には2万人程度患者が存在する。AChR抗体陽性例が有名だが,他にMuSK抗体陽性例(5%),Lrp4抗体陽性例(少数),抗体陰性例(10%程度)もあるので診断の際は注意する。若干女性に多いがそこまで偏りはなく,せいぜい1:1.7程度である。30-50代女性の罹患例が有名だが,男性は50-60歳とやや高齢にピークがあるうえ,2峰性を示し5歳未満の幼児にもやや小さいピークがある。AChR抗体陽性MGは胸腺腫を合併しやすく,その病態と関連するが,その仕組みの詳細は明らかではない。MuSK抗体陽性例では胸腺腫の合併は増えない。

病態生理:抗AChR抗体は,ニコチン受容体αサブユニットに結合して補体系を活性化ことで,運動終板のAChRおよび他のタンパクを減少させる。他の抗体は病原性こそ証明されているものの,詳細な病態形成は不明である。抗MuSK抗体はIgG4サブクラスであるため補体活性化能はなく,終板の破壊像も観察されない。

症状:全身の筋力低下を主体とする。この症状は運動後や夕方のほうが顕著に見られ(易疲労性),休息により回復する。AChR抗体陽性例では外眼筋障害の陽性率が顕著に高く,眼瞼下垂や複視が特徴的である。MuSK抗体陽性例は嚥下障害が多いが,臨床兆候から抗体を鑑別することは困難である。最も致命的なのは10人に1人程度の割合で発生するクリーゼで,ストレスや感染,妊娠などにより急速に増悪し,呼吸困難を呈する病態である。合併症としては高齢者で胸腺腫が20-30%で見られる他,Basedow病(数%と多い)や他の自己免疫疾患が見られることがある。

検査:テンシロン試験では,即効性のあるコリンエステラーゼ阻害薬エドロホニウムを静注し,症状が回復するか調べる。クリーゼの筋無力性・コリン作動性の鑑別にも役立つが,実際には鑑別困難なことが多い。筋電図では,3Hz程度の低頻度刺激に対する応答の振幅が4-5発のうちに減弱するwaning現象が特徴的であり,プレシナプス終末側の病態であるLambert-Eaton症候群との鑑別となる。最終的にはAChR抗体とMuSK抗体の測定が必要だが,陰性例もある。AChR抗体の抗体価は重症度を反映しない。また,診断後は胸腺腫のスクリーニングを行う。

治療:胸腺腫合併時は切除が最優先である。内科的治療としてはステロイドと免疫抑制薬(タクロリムスとシクロスポリン)が予後改善のために最重要である。他に血漿交換やIVIg等が適応であるため,複合的に駆使して短期の寛解を目指す。コリンエステラーゼ阻害薬(ピリドスチグミン等)は過渡的に用い,最終的に中止する。これはコリンエステラーゼ阻害薬がほとんど長期的予後を改善しないためである。その他,抗菌薬等に禁忌の薬剤が多いため注意する。筋無力性・コリン作動性にかかわらずクリーゼではコリンエステラーゼ阻害薬を中止し,挿管と人工呼吸器管理を開始する。

鑑別疾患:①Lambert-Eaton筋無力症候群LEMS:半数以上が小細胞肺癌合併例であり,カルシウムチャネル(P/Q-type VGCC)を腫瘍が産生するために自己抗体ができて神経筋結合部が障害される病態である。50-60代男性に多いのでこの年代のMG疑い例では注意を要する。頻度はMGの1/100程度で,眼症状は少なく,自律神経障害や小脳失調を合併しやすい。癌合併例は免疫抑制を行うべきでなく,癌の治療が最優先である。癌非合併例の治療はMGに似る。

関連するページ:ニコチン受容体の分子生理

ニコチン受容体の分子生理

  薬理学研究のための基礎知識として,おそらく最も研究が進んでいるイオンチャネル神経伝達物質受容体であるニコチン性アセチルコリン受容体(ニコチン受容体)の基礎をまとめた。

 

  1. はじめに-ニコチン受容体の知識の重要性

 アセチルコリン受容体AChRはムスカリン性mAChRとニコチン性nAChRに分かれる。そのなかでもニコチン受容体は,神経筋接合部をはじめとして全身の神経と骨格筋に幅広く分布する受容体であり,分子生物学,こと神経分子生物学にとっては極めて重要だ。ニコチン受容体は神経筋接合部NMJにあるため,また最初に発見された時代にはシビレエイTorpedoの発電器官という格別有利な研究サンプルがあったため,かつて最もその分子機能が研究されたイオンチャネル型の神経伝達物質受容体なのである。

 残念ながらニコチン受容体は,医学部では比較的忘れられやすい存在である。最初のうち,だいたい生理学までは有名な受容体として重宝されるのだが,薬理・病理と名前を聞かなくなってきて,臨床医学に至るとほとんど見かけなくなる。これは一つには①あまりにも重要なために関連する疾患が重症筋無力症MGとニコチン中毒ぐらいしかないこと,加えて②ニコチン受容体の機能促進にはニコチン受容体作動薬ではなくアセチルコリンエステラーゼ阻害薬AChE inhibitorsがメインで使われていることなどが理由なのだろう。ただ,これから様々な受容体を研究する上で,古典であるニコチン受容体研究の軌跡を知っておくと役に立つだろう。何しろ,GABAA受容体やグリシン受容体はニコチン受容体と形がほぼ同じだし,中枢神経系でより役に立っている他のチャネル型受容体も,形こそ違えど基本的な研究手段は似通ってくる。

 今週,Bredt, DSという著名な神経科学者が,Science誌にニコチン受容体研究の最前線に関するreviewを掲載した。この記事自身はニコチン受容体そのものというよりその機能発現に影響する分子を扱うものであり,あまりに専門的なので触れないが,ニコチン受容体の性質を復習する良い機会だと思ったので,教科書的な事項をまとめることにする。

 

関連文献:

Matta JA, Gu S, Davini WB, Bredt DS. Nicotinic acetylcholine receptor redux: Discovery of accessories opens therapeutic vistas. Science. 2021 Aug 13;373(6556):eabg6539. doi: 10.1126/science.abg6539. PMID: 34385370.

よいレビューかと思いきや,知識が分子生物学に偏っており,薬理学的な進展もまだ青写真といった調子で若干期待外れであった。とはいえ,様々な受容体がこれのアナロジーとして研究できるから, そういう研究に興味がわいたら一度目を通してもいいかもしれない。

 

  1. 分子生理学的性質

2-a. 局在とそのサブユニットのアイソフォーム

 ニコチン受容体は神経筋接合部のほか,自律神経系の節前繊維-節後線維間ニューロンと中枢神経に分布している。そして,そのサブタイプは発現する組織によって異なり,筋に発現する分子(骨格筋型)と神経に発現する分子(神経型)の2つに大別される。なお,いずれも5量体を形成しているが,筋ではα1サブユニットが2つ,β1サブユニットが2つ,γまたはεサブユニットが1つ,そしてδサブユニットが1つのα2βεδ ヘテロマー(ただし胎児ではα2βγδ体)をとり,これが最もよく研究されている。一方で,神経型はそもそも進化的に異なるサブユニットを使用しており,αサブユニット(α1は除く)を5つ使ったホモマー,またはαサブユニット(α1は除く)とβサブユニット(β1は除く)からなるヘテロマーが主流だが,多様性に富む。ちなみに,正確にはCNSと自律神経節でもサブタイプは異なり,よく電気生理学で出てくるα7ホモマーはCNS分子である。このように,一括りにされている受容体がサブユニットの構成によって異なるサブタイプに分かれることはよくあり,それぞれ異なる生理学的性質を示しうることに注意が必要である。

 ちなみに,Bredtらの記事によれば,骨格筋型に比べて神経型が長らく研究されてこなかった一因には,神経型の分子を人工的に他の細胞に発現させるのが難しかったことがある。これはこのタイプの分子が膜発現のためにNACHOを代表とする他の分子を必要とするためであることが最近わかったという。このような現象は,AMPA受容体のTARPs(stargazinなど)をはじめとしてどの受容体でも十分にあり得る未開拓の領域であり,今後さらなる発展が期待される。

2-b 分子の構造と基本性質

 ニコチン受容体の各サブユニットは特徴的な形の4回膜貫通型タンパクである。GPCRや,4量体型のイオンチャネル型受容体のサブユニットとは膜貫通領域の形が大きく異なるので注意したい。

 基本的にこれらの分子は全て,N末端側から長い細胞外ドメインがあり,続いてM1, M2, M3, M44つの疎水性膜貫通ドメインがあって,細胞外にC末端が突き出る形になっている。このうち,αサブユニットのN末端側の細胞外ドメインAChをバインドする領域がある。αサブユニットの場合,システインループCys-loopとよばれるS-S結合で短い領域を繋いだ特徴的な構造が細胞外ドメインの基部に存在し,リガンド結合ドメインの構造変化とチャネル部分の構造が連動するようにしていると言われている。

一方でイオンチャネル開口部(pore)は主にそれぞれの分子のM2ドメインにより作られている。M2ドメインがチャネル内の間隙に並べるアミノ酸は高度に保存されている。特に,最も外側と最も内側には必ず酸性アミノ酸を含む親水性アミノ酸が並んでおり,カチオンのみを選択して通すようになっている。

 薬力学的な解析から,骨格筋型ニコチン受容体は2価であることが知られている。これはαサブユニットの数に呼応しているという。具体的には,αサブユニットがあると隣のサブユニットとの間にリガンド結合部位を形成できる。

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ニコチン受容体モノマーの構造

2-c 電気生理

 ニコチン受容体はカチオンチャネルである。骨格筋型のニコチン受容体は主にNaKを通し,生理学的な反転電位はほぼ0mVである。したがって,興奮性の脱分極を起こし,電位依存性Naチャネルの存在下では十分な刺激により活動電位を起こしうる。コンダクタンスは40pS程度である。

 薬理学的には,先の通りニコチン受容体はアセチルコリンを2分子結合することで開口するため,R, AR, A2R,そして開口しているA2R*がそれぞれ隣と平衡状態にある。開口時間はサブユニットの種類に依存するが,だいたい数ms程度でexponentialに減衰する。更に,より長いスパン(数sオーダー,数百sオーダーの2種類)では脱感作が起きる。この脱感作状態は数百sと長い間続くため,高濃度のAchに数秒さらされると巨視的な応答としてはほとんど完全に脱感作してしまう。アセチルコリンシナプス前終末からの放出後にアセチルコリンエステラーゼAChEによってシナプス間隙から急速に失われるため,生理的には脱感作が関わってくることはほとんどない。なお,この脱感作状態はPKAシグナリングによるリン酸化が関わっていると言われている。

神経型のニコチン受容体はNaKと同等またはそれ以上に2価のカチオンであるCaをよく通す。このため,膜電位への影響以上に,細胞内へのCa流入を起こす機構として注目されている。たとえば中枢神経系でのニコチン受容体はほとんどがシナプス前終末に位置するので,活性化してCaを通すことにより,開口放出を促進する機能が想像されているという。

 

  1. ニコチン受容体の薬理学

3-a ニコチン受容体アゴニスト

 コリン作動薬類は-cholineまたは-cholという接尾語のつくものが大半である。ただし,ベタネコールのようにニコチン受容体ではなくムスカリン受容体に作動する分子が含まれることに注意する。ニコチン受容体アゴニストには色々あるが,臨床的に有名なのはスキサメトニウム(サクシニルコリン)だろう。これはいわばアセチルコリンコリンエステラーゼによる分解を受けないバージョンであって,終板の持続的な脱分極を起こすことにより筋弛緩を起こす代表的な筋弛緩薬である。ただ,添付文書によれば脱分極よりやや遅れて筋弛緩が得られるらしく,むしろ受容体の脱感作が関わってきているのかもしれないとは思う。

 もう一つ臨床的にもよく出てくる薬物(毒物?)はニコチンだ。ニコチン受容体というのだからもっと広く学ぶべきだと思うが,案外に薬効機序が教科書に載っていないのである。ニコチンは,腹側被蓋野VTAにあるニコチン受容体(α4β2ヘテロマー)を作動させることによりドパミンの放出量を増加させ,多幸感を生じる。もちろん他のニコチン受容体のほとんどにも作用するが,依存性やADHDとの関連などといった有名な臨床事実はほとんどここから解釈できるだろう。ところで,ニコチン受容体はGPCRと異なり,慢性的なニコチン曝露を受けると分子数がむしろ増えるらしい。この脱感作どころか感作されてしまう性質がニコチン依存に何らか関連するとすれば,新たな薬物標的としては確かに面白くなってくるかもしれない。

3-b 受容体アンタゴニスト

 これらはニコチンと同様に結合するが受容体の構造変化を起こさないアンタゴニストで在り,臨床的には(+)ツボクラリン(クラーレ)から派生したロクロニウム,ベクロニウム,パンクロニウムといった薬物である。これらはストレートな筋弛緩作用を有する。

血液内科学メモ置き場

 

血栓・止血疾患

血友病

概要:凝固因子の遺伝子異常により出血症状を幼少期より反復する遺伝性疾患である。

疫学:代表的なX連鎖劣性遺伝形式の遺伝性疾患であり,女性には少ない。男性の発症率はわが国で1/5000-1万程度。

病態生理:病因は凝固因子FVIIIの場合(血友病A)とFIXの場合(血友病B)があり,変異の種類は問わない。

症状:幼少期より皮下・関節内出血を中心に様々な出血症状を反復する。関節内出血は炎症を伴って反復するため,最終的に関節運動障害をきたす。他にも筋肉内出血や血尿などが見られる。頭蓋内・腹腔内・頚部の出血では重症化しうるので予防し留意する。

検査:APTT延長,PT正常(内因系のみに障害がある)。FVIIIとFIXの量および活性で確定診断する。

治療:FVIIIまたはFIXの予防的な定期投与が基本になる。補充したタンパクに対する抗体が発生することで止血効果が落ちることがあり,その場合は他の止血方法を用いる。

鑑別疾患:①von Willebrand病:常染色体優性遺伝を基本とする疾患であり,女性ではこちらの方が多い

関係するページ:in vivo遺伝子治療の概略と展望 21/08/20

in vivo遺伝子治療の概要と展望

2020年代に新治療としてブレイクするだろうと期待しているin vivo遺伝子治療について,現在知っておくべき遺伝学・ウイルス学・臨床医学的事項をまとめた。

 

  1. 導入

 遺伝子治療は,患者の細胞の遺伝情報に手を加える治療の総称である。現在,実用的に可能性のあるヒトゲノムの解読は大きく分けて,

in vivo gene delivery(患者の体細胞の遺伝情報編集)

ex vivo gene delivery (特にCAR-T療法など機能性細胞の作成と導入)

の2通りに分かれる。もちろん,ここ最近はキムリア®を代表とする②の方が役に立ってはいるが,今回は遺伝子治療技術の第一義的な目標である遺伝子疾患の治療について考えるため,主に①を扱う。

 ②のex vivoに比べた①in vivoの最大の利点は「細胞の収集・培養・移植という一連のプロセスを必要としない」ということだ。もちろんCAR-T療法も次世代の医療として注目度合いは高いのだが,患者の細胞を培養して再び定着させるプロセスは今のところ血球類の専売特許に近い。一般に培養細胞は継代を続けるうちに元来の機能を失うことが多いし,「どこでもいいから増えればいい」なんていう戦略はやはり血液など機能的な構造を持たない組織に限られるだろう。特に遺伝子疾患は神経筋疾患が大きなウェイトを占めるが,神経細胞や筋細胞は簡単に継代できないことがよく知られているし,そもそも移植した細胞が欠落した神経・筋機能を代償できるとは考えがたい。

 近年は脊髄性筋萎縮症(SMA)に対するゾルゲンスマを嚆矢として,治療できないと思われていた疾患に対するin vivo gene therapyの時代が開けつつあり,近いうちに医学生の間でも一般的に知られる事項になると思う。そこで今回は,教えられなかった最後の世代になるかもしれない我々が最低限知っておくべき知識をまとめておく。

 

  1. 遺伝子治療総論

2-a in vivo gene deliveryの概要

 in vivo遺伝子治療は,ウイルスベクターを用いて特定の器官の細胞に新たなタンパクを発現させることで,不足している分子を補ったり,治療に有益な遺伝子を追加したりするものである。Ex vivo(”体外の”)のものと異なり,人体に直接感染を成立させる点で強力な介入手法となる。具体的に補う分子は疾患と目的による。

 ところで,遺伝子疾患は優性(顕性)疾患と劣性(潜性)疾患に分かれる。劣性遺伝形式を示す責任遺伝子の大半は,単に両方ともなくなると機能不全を起こすという簡単な仕組みによるから,原理的には遺伝子を加えられれば治る。一方で優性遺伝形式の原因遺伝子にはだいたい以下の4タイプがある。

ドミナントネガティブ(優性阻害):片方でも異常な遺伝子があると,その異常分子が正常に作られた分子の機能を阻害する。疾患ではないが,日本人が酒が飲めるかを決定する遺伝子として知られるALDH2などが該当する。疾患としては高IgE症候群(STAT3)などがあるらしい。

②異常分子そのものが病態を形成するタイプ:異常遺伝子の産生分子そのものが病態につながる悪さをする。Huntington病など,多くの変性疾患がこれにあたる。

③ハプロ不全:片方の正常遺伝子だけでは発現量が足りないために,片方変異があるだけでフェノタイプが変わる。マルファン症候群のFBN1や家族性高コレステロール血症FH(こちらはホモ接合体がより重篤になるが)のLDLRなどがこれにあたる。

(④がん関連のもの:これは少し特殊で,いわゆるtwo-hit theoryによるものである。家族性腺腫性ポリポーシスFAPのAPC,遺伝性乳がん卵巣がん症候群HBOCのBRCA1/2などが該当する。これに関しては,「全ての細胞ががんになりやすい」という病態なので,一部の細胞でがん抑制遺伝子が増えてもしょうがないため,遺伝子治療の見通しはなかなか立たないだろう。)

 このうち,単純に正常遺伝子を導入して発現を回避できるのはどれか考えてみると,実は③のみである。というのも,ドミナントネガティブの場合と②異常分子が病気を起こす場合では,たとえ正常な分子が発現していても,異常分子の発現を止めない限り病態は続くためである。これに対しては,近年の分子生物学の革新によって,CRISPR-Cas9 systemを利用したgene editingが期待されるものの,実際にはかなり後になってくるだろう。

 なお,遺伝子治療というと体細胞変異ではなく生殖細胞系列変異,つまり個人の遺伝情報全体を書き換えることを想像する人もいるかもしれない。確かに多くの遺伝性疾患にとって生殖細胞系列変異はもっとも単純な根治療法であるが,かつて実験で予想外の切断(off-target cleavage)が確認されたことから,危険であるということで世界的に研究の進展に歯止めがかかっている。近年ではHe博士の事件が記憶に新しいが,未解決の技術的・倫理的問題が山積しているということで実現はまだ後になるだろうから,ここでは触れない。現在の科学技術では体全体の情報書き換えは遺伝子を訂正する以上に破壊する可能性が高く,リスクが大きすぎるということである。

 以下では遺伝子治療の仕組みと展望について述べる。この分野はウイルス学と免疫学がとても大切である。

2-b ウイルスベクター

 遺伝子治療に用いられるウイルスベクターには複数の条件がある。逆に言えば,これらの性質は「ウイルスベクターはどうして有効で,どうして危険ではないのですか?」という問題の答えとして重要なので知っておくべきである。ざっとまとめると以下の4点だと思う。

①ウイルスが狙った細胞に感染できるように設計されていること

 そもそもの問題として,多くのウイルスは体の中でもウイルス受容体をもつ一部の細胞にしか感染しないので,狙った分子に感染してくれることは重要である。また,逆に広範すぎる細胞に感染すると副反応が出やすい。特に注意すべきなのは,生殖細胞に感染することで予期しない生殖細胞系列変異が起きる危険性である。

②ウイルス毒性と遺伝子毒性が少ないこと

 ウイルスは,基本的に感染細胞のタンパク発現系をハックした結果として宿主の細胞を殺すので,細胞はこの働きがある程度弱くないと,感染細胞が全滅するだけで何の意味もない。また,ウイルスによっては細胞自身の遺伝情報に手を加えてしまうが(レトロウイルス属など),この効果による発癌性などに注意しなければならない。

③ウイルスの増殖能がないこと

 ウイルスが増殖し,予想外に感染領域を増やす,あるいは他の組織に感染することは,効果のコントロールを下げ,加えて予期しない副反応を引き起こす。これが起きないためには感染細胞から新たに当該ウイルスが生まれないことが最も望ましい。

④長期間にわたって発現が期待できること

 ウイルスの生存戦略上,必ずしも感染細胞でいつまでも分子を発現する必要があるわけでもないので,長期間にわたり分子を発現させることが必要である。このためには潜伏感染するヘルペスウイルスやDNAに遺伝情報を組み込むレトロウイルスなどが適する。また,臨床的に麻疹や風疹が有名なように,一度の感染で強い免疫記憶が成立するウイルスは不便である。

 以上を踏まえて最も有望視されているのが,以下に触れるアデノ随伴ウイルス(AAV)とレンチウイルスである。

2-c AAVの利点と欠点

 AAVは,近年では基礎研究でもよく見かけるパルボウイルス科のウイルスであり,伝染性紅斑(りんご病)を起こすヒトパルボウイルスB19の類縁種である。このウイルスは「ヘルパー依存ウイルス」と言って,HBVに対するHDVと同様,特定のヘルパーウイルス(アデノウイルスヘルペスウイルス)と共感染しない限り単独では増殖できない。また,AAVそのものは毒性がないことが大きな利点である。更に,セロタイプ別に感染先が筋細胞・肝細胞・神経細胞などと広範囲をカバーしており,適切なセロタイプを選べば様々な細胞種に選択的に感染を成立させられる

AAVは以上の点から実際に最も臨床的に応用が勧められているが,3つの弱点がある。まず,AAVはヘルパーウイルスが一般的な病原性ウイルスであるため成人では既感染者が多く,カプシドタンパクに対する中和抗体が高率に検出される。この問題は免疫抑制による回避などがが目指されている。また,AAVは主にエピソームとして遺伝子を追加するため,変異原性はないものの,発現期間が後述のレトロウイルス類ほど長くない可能性がある。最後に,AAVで導入できる塩基配列は最大でも5kb程度とたいへん短い。この問題は加えたい分子の長さを制限し,いくつかの疾患では足枷となるため臨床上重要である。この点のウイルス学的,または分子生物学的進歩が待たれる。

2-d レンチウイルスの利点と欠点

 レンチウイルスはレトロウイルス科のうち複雑レトロウイルスと呼ばれる特殊な亜科であり,HIVなどもこれに属する。これらが逆転写酵素を利用して細胞本来の遺伝情報に自分の遺伝情報を組み込む(プロウイルス)ことはウイルス学的に有名であるが,これが長期間にわたる感染成立に役立つ。ベクターとして用いられるレンチウイルスは,ウイルスの出芽に必要な遺伝子を消すことにより再感染が起きないようになっている。また,本来の強力なエンハンサーを取り除くことによりウイルス毒性を抑えたものが採用されているという。また,レトロウイルスベクターは増殖中の細胞にしか感染できないのが最大の問題点だったが,レンチウイルスでは克服されている。

 

3.遺伝子治療各論

 ここでは代表的なAAV治療として,血友病とSMAを挙げる。他に黄斑ジストロフィーやパーキンソン病などの領域でも努力がなされているらしいが,いったん置いておく。

3-a 血友病

 現代的なAAVによる遺伝子治療の研究は血友病に始まっている。いわゆる凝固因子の合成を行っているのは肝臓で,細胞構築が単純な臓器であるからターゲットにしやすかったのと,分泌タンパクのほうが細胞そのものの機能に関わるタンパクより簡単だったというのがあるだろう。特に凝固因子FIXに関わる血友病Bについて1990年代後半から研究が進んでおり,FIXやその類縁物質を肝細胞で発現・分泌させることで長期にわたり安定したFIX上昇を得られている

 この研究の過程でわかった通り,AAVによる遺伝子治療では,細胞障害性T細胞など免疫系による攻撃を免れるため,投与以後に免疫を抑制するなどの対策をとらなければ効果が持続しないという。また,現在のところは適応外となっている高AAVカプシド抗体保有者への対処も考えることが必要である。

3-b SMA

 脊髄性筋萎縮症SMAは近年最も期待されている神経疾患である。SMAのうち幼児期発症のI型は,大半がSMN1の機能欠損による常染色体劣性遺伝疾患であり,脊髄前角細胞の死滅によって最終的に座位が獲得できない程度の重度な運動障害をきたす。遺伝子治療のターゲットとしては,単一遺伝子の劣性遺伝子疾患であって単純な遺伝子の追加で効果が期待できる点が大きいのだろう。

この疾患については,もともとヌシネルセン(スピンラザ®)という核酸医薬が注目されていた。神経細胞SMN1は抗アポトーシスタンパクであり,ほとんど同じ配列をもつSMN2が冗長に存在するが,SMN2の大半は選択的スプライシングにより非機能性分子が発現するため,実際にはrescueされない。ヌシネルセンは神経細胞SMN2選択的スプライシングに干渉し,機能性のSMN2を発現させるものである。

これに加えて最近開発されたのが,脳関門を効率的に透過するAAVを用いてSMN1を神経細胞に導入するオナセムノゲンアベパルボベク(ゾルゲンスマ®)である。これはヌシネルセンよりもはるかに直接的な方法であり,実際に効果は非常に高い。本来は幼児期に死亡する疾患であるが,多くの患者でそれ以上の生存が確認され,座位や歩行機能の獲得など運動機能の改善も見られたという。とはいえ,これに関しても抗AAV9抗体陰性が条件となっており,今後の発展が待たれる。また,その他の劣性遺伝神経筋疾患はFriedreich失調症やDuchenne型筋ジストロフィー,福山型筋ジストロフィーなど多く存在するので,それらへの応用も期待される。

 

 

 

参考文献:

Dunbar CE, High KA, Joung JK, Kohn DB, Ozawa K, Sadelain M. Gene therapy comes of age. Science. 2018 Jan 12;359(6372):eaan4672. doi: 10.1126/science.aan4672. PMID: 29326244.

非常によくまとまったレビューである。

Liang P, Xu Y, Zhang X, Ding C, Huang R, Zhang Z, Lv J, Xie X, Chen Y, Li Y, Sun Y, Bai Y, Songyang Z, Ma W, Zhou C, Huang J. CRISPR/Cas9-mediated gene editing in human tripronuclear zygotes. Protein Cell. 2015 May;6(5):363-372. doi: 10.1007/s13238-015-0153-5. Epub 2015 Apr 18. PMID: 25894090; PMCID: PMC4417674.

(成育不能な)ヒト受精卵に生殖細胞系列変異を入れた結果。現在の遺伝子研究技術がはらむ危険性について述べた論文。

代表的な抗精神病薬の種類とその機序・副作用

抗精神病薬は精神神経学で最も重要な薬物の一群であるが,薬理の複雑さゆえに初学者には使い分けを理解するのが難しい。そこで,精神科臨床でも最初の一週間に名前を聞きそうな代表的な抗精神病薬を挙げ,長所・短所を簡単にまとめておく。

 

1)前提知識とか ―抗精神病薬の基礎知識と,その薬理学的理解の難しさ―

 ここでは「カッツング薬理学エッセンシャル」や「現代臨床精神医学」などに基づいて,若干マニアックな知識をまとめておく。

1-a 抗精神病薬の種類

 抗精神病薬はそもそも統合失調症だけの薬ではない。国試的に重要,かつ精神科医以外の臨床医がよく関わるのはダントツでせん妄だろうが,他にも双極性障害,精神病性うつ病等に利用できる。一般に学生は抗精神病薬の役目を「精神疾患といえば統合失調症だから,抗精神病薬統合失調症」と覚えるらしいが,これは割と間違いに近いこじつけで,より正確には「抗精神病薬は精神病症状に対する薬で,その代表が統合失調症」ということになる。抗精神病薬Antipsychoticsというだけあって,様々な精神病圏の疾患に対して用いることができる,というわけだ。

 話がそれたが,抗精神病薬の分類は①定型抗精神病薬と②非定型抗精神病薬に分かれる。定型抗精神病薬は,構造的に数種類に分かれるらしいが,臨床的には

①-1: フェノチアジン系(クロルプロマジンなど)

①-2: ブチロフェノン類(主にハロペリドール

①-3: スルピリド

だと思っておけばいいのではないだろうか……。というか,浅学な僕程度だと,実臨床ではハロペリドールしか聞いたことがない。そして非定型抗精神病薬については,

②-1: MARTAつまりクロザピンとその子孫(オランザピン,クエチアピン,アセナピン,ゾテピンなどなどなど)

②-2: SDAつまりリスペリドン類縁薬物(リスペリドン,ブロナンセリンなど)

②-3:第三世代,つまりアリピプラゾールと兄弟たち

と考えてよいと思う。結局まとめると,抗精神病薬は「ハロペリドール」「アピン系」「リスペリドン類・ブロナンセリン」「アリピプラゾール類」と覚えればひとまずよいだろう。ただし,抗うつ薬のNaSSAという薬物の一群にはミルタザピン(商標名:リフレックス,レメロン)を代表選手とする「アピン系」の名前の薬がある。

1-b 抗精神病薬の薬理

 国試的な薬理のレベルで言えば「抗精神病薬といえばD2ブロッカー」ということになっているが,これはやや誤解を生む表現だと思う。というのも,統合失調症ドパミン仮説はあくまで現在も仮説の域を出ず,ドパミン拮抗作用が強い薬ほど使用頻度が高いわけでもないというのと,現代の薬には事実上D2ブロッカーでない薬物やD2パーシャルアゴニストが含まれるというのがある。「定型抗精神病薬はD2ブロッカー,非定型抗精神病薬はもっと色々」というまとめのほうが正確で良い。

 これについて,理解の助けになる逸話がある。非定型抗精神病薬はクロザピンをモデルにして誕生したという話はオタク界隈で有名な話だが,クロザピンは強力な抗精神病薬であるにも関わらず,D2受容体拮抗作用をほとんどもたないと言われている。また,ヤンセンファーマはリスペリドンを発明したとき,クロザピンが5-HT拮抗薬であることを取り入れたとされるが,このクロザピンとリスペリドンはいずれも統合失調症陰性症状に有効である。まとめると,ドパミン拮抗作用は陽性症状に効きやすいが,それに加えてセロトニン拮抗作用があると陰性症状にも効きやすくなる。ただし一概に比例関係にあるわけでもない」という方が,抗精神病薬を理解する上では正確であり,役に立つと思われる(だからこそ個別に薬を列挙するのが重要だと思った!)。

 ちなみに,この逸話からわかるように,少なくとも教科書上は抗精神病薬は陽性症状にしか効かない」の時代は終わっているので,この誤解も解いておきたい。細かく言えば,5-HT2A受容体への親和性がD2受容体への親和性より高い(S/D比>1)場合には陰性症状に奏功するらしい。

 そして初学者が何より注意すべきなのが,ほとんどの薬物は作用する受容体が単一ではない(興味がある人は各薬物の受容体遮断作用の表を探してみるとよい)。そもそも統合失調症自体が薬理学的に一様か怪しい,つまり複数の疾患単位の混合かもしれないので,一つの神経伝達物質に原因を求めるのは無理があるのかもしれない。神経伝達物質というひとつの物差しでものの作用が測れれば単純でありがたいが,それに対応する精神状態と生理活性物質の比例関係は現状ほぼ未発見である。この分野の生理学の進展が待たれる。

1-c 抗精神病薬の臨床知識

 最後に臨床的な基礎知識としては副作用や禁忌が重要だろう。特に中枢神経系に対する薬物は薬理学的に自明でない副作用が出やすいので,まとめて覚える必要がある。抗精神病薬で一般に見られるものとしては錐体外路症状と過鎮静が有名である。もちろんドパミンブロッカーなので無月経や乳汁分泌・女性化乳房などの内分泌症状もあるから,プロラクチノーマの治療と対で覚えたい。他にも,糖尿・食欲亢進・血糖上昇が有名な他,QT延長やイレウスなどが出やすいとされている。詳しくは下の各薬物の記述や添付文書を見るべきだが,専門家でなければ「副作用は錐体外路症状・過鎮静・高プロラクチン・高血糖でいいだろう。禁忌はそれぞれの薬で色々あるが,多くに共通する代表的な禁忌はパーキンソン病と糖尿病だ。なお,一般臨床科での他の使い方としては,「せん妄対策」「制吐剤」を覚えておくとよいと思う。というか,せん妄と制吐剤を両方入れるべき状況は(抗がん剤治療などで)多そうなので,多剤投与や相乗効果による副作用を避けるために,これらの薬が抗精神病薬に属している可能性を頭の片隅に置いておくべきだと思う。他にも精神神経疾患としては特に双極性障害と相性がいいとされている。この点も理由が知りたいので今度ぜひ調べたいと思う。

 

2) 代表的な抗精神病薬一覧

ここではせん妄などに用いる薬物は省き,精神科の臨床で最もよく聞くものを挙げた。なかでも薬理学の歴史的には「クロルプロマジン」「クロザピン」「アリピプラゾール」の3つ,実臨床的には「ハロペリドール」「オランザピン」「リスペリドン」「アリピプラゾール」の4つが重要だと思う。

クロルプロマジン(商標名:ウインタミンコンタミン)

作用:ドパミン拮抗(,ムスカリン性コリン受容体拮抗,α受容体拮抗,ヒスタミン受容体拮抗等)

備考:事実上の世界最初の抗精神病薬なので,今頃使われていないと思うが挙げておいた。もともと抗ヒスタミン薬として開発されたという話は有名。ややどうでもいいが,ここら辺の薬物はα遮断作用があるのでアドレナリンと併用するとβ作用有意になって血圧が低下するので禁忌らしい。

ハロペリドール(商標名:セレネース,ハロマンス)

作用:D2受容体拮抗(,α1受容体拮抗,5-HT2A受容体拮抗)

長所:フェノチアジン系よりも力価が高いことで,定型抗精神病薬の代表として歴史的に有名。抗幻覚妄想作用が強く,鎮静作用がクロルプロマジンに比べて少ない。

短所:心筋障害作用があり心不全患者には禁忌。フェノチアジン系に比べ錐体外路症状が出やすいらしく,パーキンソン病患者に禁忌。妊婦禁忌。また他の副作用として体重増加,糖尿や女性化乳房など内分泌症状が見られる(だいたいどれもそうなので,以後は基本的に省略)。

備考:臨床の浅い知識ではせん妄に使う薬として有名な気がするが,ネットで調べると「鎮静作用はリスペリドンが同等に強いし経口があるのでこちらを使いましょう」とそこら中に書いてある。リスペリドン使いましょう。

スルピリド:(商標名:ドグマチールミラドール等)

作用:D2受容体拮抗

長所:抗精神病作用に加え,抗うつ作用があるとされている。また副作用(鎮静・錐体外路症状)が少ない。特に鎮静作用がないことが有名。ノルアドレナリン遮断作用もないらしい。食欲増進作用がある。

短所: 逆にアドレナリン遮断作用がないので褐色細胞種患者への投与は昇圧を招き禁忌らしい。またプロラクチノーマには禁忌(他も全部そうではないのか……?)。

備考:胃十二指腸潰瘍にも使えるらしい。食欲不振の治療薬としても利用可能らしい。

・クロザピン(商標名:クロザリル)

作用:D1/4受容体拮抗,5-HT2受容体拮抗,α1受容体拮抗など。D2受容体拮抗作用はほぼない。

長所:陰性症状を改善する。治療反応が乏しい時の最後の手段として有名。

短所:1-2%の割合で無顆粒球症を起こすので,2種類以上の薬物に治療抵抗性の場合に限って利用可,様々なモニタリングのもと慎重投与。当然こんな調子だから肝障害や腎障害など禁忌が多すぎる。

備考:前述の通り最初の非定型抗精神病薬である。

・オランザピン(商標名:ジプレキサ

作用:主にD2と5-HT2A拮抗だが,他にも色々。

長所: 今や統合失調症に対する第一選択薬として有名。陰性症状にも有効。錐体外路性副作用が少ないとされている。双極性障害も適応。制吐剤としても使える。

短所: 血糖値が上がる。1%で高血糖。糖尿病と糖尿病既往の患者には禁忌。そうでなくてもDKA等を起こさないように注意。体重増加も有名。α遮断作用も強いのでアドレナリン併用禁忌。

備考:このような非選択的拮抗薬はMulti-Acting Receptor Targeted Agent(MARTA)と呼ばれる。細かいけど,イレウスが副作用にあるのに制吐作用があるのは怖いなと思った。

・クエチアピン(商標名:セロクエル

作用:本当に色々。作用がクロザピンに近いらしい。

長所: 今や代表的な抗精神病薬として有名。陰性症状にも有効。

短所: これも血糖値が上がるので糖尿病と糖尿病既往の患者には禁忌。α遮断作用も強いのでアドレナリン併用禁忌。

備考:MARTAの一種。MARTAは他にも現役の薬が色々あるが,ここについては薬理から離れて臨床ありきの話になってしまうので触れない。

・リスペリドン(商標名:リスパダール

作用:5-HT受容体拮抗(主に2A),わずかにD2受容体拮抗

長所: オランザピンとともに統合失調症の第一選択薬。陰性症状にも有効。自閉症スペクトラム障害に伴う易刺激性にも適応がある。

短所: 血糖値の上昇や糖尿病との相関が言われている。ここらへんは副作用がほとんど同じ。

備考:serotonin-dopamine antagonist(SDA)の代表格。ハロペリドールよりも統合失調症再発防止効果が「高い」という試験実績がある優秀な薬物である。

・パリペリドン(商標名:インヴェガ

備考:リスペリドンの活性代謝産物で,徐放剤である。投与が少なくて済むらしい。統合失調症などは長期戦になりやすいく,拒薬なども他の薬に比べて多い傾向にあるからか,動態を工夫した薬はけっこう多い。

・ブロナンセリン(商標名:ロナセン

作用:主にD2受容体拮抗。5-HT2A受容体拮抗作用もある。

長所: 薬力学から予想される通り,陽性症状への効果が高いとされる

短所: これも薬力学から予想される通り,陰性症状への効果が薄い

備考:SDAの一種だが,D2ブロッカーとしての機能が高まっている薬。

・アリピプラゾール(商標名:エビリファイ

作用:D2受容体パーシャルアゴニスト,5-HT1A受容体パーシャルアゴニスト

長所:パーシャルアゴニストなので錐体外路症状が比較的少ないらしい。双極性障害の躁症状にも有効。他の疾患にも承認が増えている。

短所:なぜか薬としては全然違うのに副作用類は大体上と似ている。パーキンソン症状が少ない代わりにアカシジアが多いらしい。詳しくないけど,力価は定型薬とかより低いのじゃないかしら……?

備考:教科書に「第三世代」とか書かれている面白い薬。D2Rに対する固有活性は20-30%程度らしい。ドパミン系のうち中脳辺縁系の過活動,中脳皮質系の低活動がそれぞれ統合失調症の陽性症状・陰性症状を作っているという噂があるらしく,いい感じにバッファしてくれるパーシャルアゴニストに期待が寄せられているとのこと。ちなみに,ブレクスピプラゾール(レキサルティ)という弟分も存在するらしいが,詳しい違いはよくわからないので一旦放っておく。